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暇とは最高の休みなり ~回想~

今日で連休三日目。
そろそろ飽きてきたが、体中の痛みは治まり好調になりつつある。
さすがにこの年になると、ちょいと無理をするとあちこち調子悪くなるが、そんなことはお構い無しで無理を承知で体を動かし鍛える。
鍛えれば当然弱い箇所が悲鳴をあげるので、そこを集中的に鍛えて・・・。後はその繰り返し。そうして出来上がった我が体は、以前のように腰が悲鳴をあげることは皆無で、今ではキロあたり5分を切って走ることも出来るのは職業柄w
以前一度仕事を辞めようと真剣に悩んだことがあった。正直体力的についていく自信も無かったし、その当時は自分を見失いかけていたような気がする。昇格のラストチャンスを賭けたのはもう7年も前になるだろうか。祖父が危篤ということで、すぐ帰るか試験が終わってから帰るかの選択を迫られ、一晩寝れずに悩んだっけ。そして出した答えは、試験を受けてから帰るという選択。これでダメならあきらめようと思った。
結果は合格。試験が終わりすぐに休暇をもらい帰宅する途中に前が見えない程の豪雨にあい、一山越えたパーキングで留守番電話に祖父が死んだとメッセージが残っていた。
実家に帰ることなく直接病院に向かい、ちょうど冷たくなった祖父と対面した。
叔父の家で試験が終わったことを報告する。
思えば祖父(母方)とは実家に帰省すると必ず訪れ、話す声も小さく聞き取れなくなった声で一生懸命会話していたんだと思い返す。
祖母(父方)が入院していた時に、小学校に入学する前の僕と妹は一時的に祖父と一緒に3ヶ月ほど暮らしたことがある。無愛想で怖かった祖父だが、僕らには優しくそしていつも一緒に居てくれたのだと今でも懐かしくなる。
就職した時には既に寝たきりだったが、それでも就職を喜んでくれた祖父。
第2次世界大戦では満州で戦ったことがあると聞いたことがあるが、それ以上は祖父は語らない。きっと思い出したく無いのだろうと余計な詮索はしなかったが、同じような道をたどるかもしれない僕をいつも励まし応援してくれたのは祖父だったのだろうと思う。
あの時試験を受けなければきっと死に水をとれたのだろうが、でも今思えば帰ったところで祖父は喜ばなかったのではないか?と今でも思う。
きっと死に際に最後に僕のことを応援してくれたのでは?と今でも思う。
あれから7年僕は恵まれた伴侶と暮らし、仕事を今でも続けている。あのときが僕にとって最大の人生の選択だったのかなと今でも思う。
暇が出来るとこうして昔のことを思い出しては、自分の人生の意義を見つめているのだが今があるから過去があり、未来につながっていることを今はひたすらに感謝しつつ最高の休みになっている。
さてまた明日から毎日が生きる充実感で満たされることを祈りつつ今日はこれで終了!!
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